木の工房 風

ひとこと

ワクワク感を感じさせる作品作り           ”新付加価値の創造”(2017/1/3 T.Hayashi)

川喜田半泥子(その3)

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川喜田半泥子(その2)のつづき

各々の茶碗の写真は、すべて同じURLですので、画面をスクロールして見て下さい。
大詫び茶碗 「残月」
大侘びの境地で作られた茶碗だそうだ。
電車を降りる時、ちょっとしたトラブルで相手から”馬鹿野郎”と大喝一声喰らわされた。
”思わずなるほどナアー”とニサっと笑ったら、相手の土方もクスリと笑った。
人から「馬鹿野郎」と怒鳴られて、心気一洗 禅の悟りを開いたというようなサバサバとした気持ちだった。
「これだ人生は」と感じて、
それからは、馬鹿野郎で暮らすことにしたそうだ。

刷毛目茶碗 「これはこれは」
ただひたすら楽しがっている。
純真な心根。子供心を失っていない。
他からの目・評価を人間死ぬまでそんなことを考えているのかな・・・
半泥子は、それを突き抜けていた人である。

芸術とは、本来、遊びである。
権勢に媚びるための手段でも、生活の糧を得るための手段でもあるべきではない。

陶芸は、余技である。
ゆえに自分の理想とするものを他人のことなど気にせずに、自由に自分の好きなように作ることができる。

* 記載した文章は、ほぼTVで流れていたものです。

ps
半泥子と比べるというのも、甚だおこがましいが、「究極の趣味人」「偉大なる素人」「陶芸は、余技である・・・」というくだりは、非常に共感できるところである。

改めて、自分の木工スタンスを認識できた。
所詮、私にとって木工は、「趣味であり」「素人であり」「本業ではない」ということである。

「ただひたすら木工を楽しがる」
それを忘れている・・・いまの自分がいる。

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